ライターになりたくて始めたブログはあるし、ここのHNはわかりにくいけど推しからの引用だし、なにかしら特別な自分でありたいという願望はあるものなのかもしれない
私が一部のオタクやサブカル苦手なのは、何か特別なものが好きなだけで自分も特別になれると思っているところなのかもしれない
好きなだけでは特別な何者かにはなれないと思うから
個性がほしいと言う人は多いけど、私は生まれながらにして左利きでADHDというマイノリティだったので、個性やマイノリティめんどくさいなって思うことがある
でもたぶん、お互いわかりあえないんだと思う
個性を欲しがる切実さも、
個性のあるつらさも
サブカルの代名詞である小林賢太郎(ラーメンズ)もピクトグラム、千葉滋賀佐賀で名前を出さずとも魅了している
私はたまたま魂に合う服が派手な原宿系だったが、イコール個性とは思わない
個性があるのは服であるという意識が強い
(その服を纏って単身アリーナライブに乗り込んだ気概を買ってくれたデザイナーには感謝している)
でも個性的な服を着る覚悟も個性なのかもしれない
私は嶽本野ばらの影響で乙女になりたかったがなれなかった
最初はTwitterのbioに好きなアーティストを並べていたんだけど、ふとしっくりこなくなった
いつしか推しを名刺やアイデンティティにするのをやめた
ファンをやめるとき、人生の半分を失うのが怖かった
それでも身を切る思いでやめた
私の場合は変わっていく推しと合わなくなったから、ファンで居続けることができなくなった
10代の推しやファッションはいじめなどのつらさから生きながらえるために必要な切実さがあった
10代の頃に魂に合って生きるために必要な服なら、それは戦闘服や鎧なのかもしれないね
派手な服を鎧と表現するのはあまり好きではないのだけれど
私とは別の世界の服だと思っていたものが、目の前に現れて自分も着れると知ったときの感動は忘れられない
今の推しも「彼らのおかげで今日も生きていける元気をもらえる存在」だが、依存しなくなった
飾らないままでいいというか、武装に使わないほうがいいんじゃない?とは思う
ただ今は界隈にいるための共通言語として推しやファッションを使うらしいから難しいだろうけど
好きなお洋服を好きなように着ればいいと思う
私は何者にもなれない思いを抱えて、なんとか自力で立とうと生きていくのだと思う
…って思ったんだけど、もうちょっと周りの人とか推しとか頼っても(精神的に寄りかかっても)いいのかもしれない。
ミセスにおけるりょうちゃんとひろぱみたいな。
ちょっと人生ハードモードすぎますってgeminiにいわれた。w
関連記事として、推し活の危うさについて思うこと
![小林賢太郎テレビ6・7 [DVD] 小林賢太郎テレビ6・7 [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/51hX+X09AvL._SL500_.jpg)

















![Momoiro Christmas 2025 ODYSSEY LIVE Blu-ray - ももいろクローバーZ [Blu-ray] Momoiro Christmas 2025 ODYSSEY LIVE Blu-ray - ももいろクローバーZ [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51NiMqmEiHL._SL500_.jpg)










